ステレオタイプ

人は、他人や、日常で起きていることの本当の姿をどれだけ見ることができているのだろうかと考えた。いま見ている他人や出来事は本当に無色透明なレンズを通して見ているのかという感じ。

どうしても先入観や今までに出会った人、出来事なんかの傾向から、今、目の前にいるよく知らない人や出来事をまずタイプに分けてそしてなんとなく分類してしまっているような(されてしまっているような)気がする時がある。

たとえば目の前にすっごく若くて見た目も言動もすごく軽い人がいたらその人がいかに深い考えを持ってたくさん辛い経験をしてきてさらに広い見聞を持っていたとしても、おそらくこの人は軽い人なんだという前提で接してしまう。

逆にそれなりに歳を重ねていて見た目がすごく信頼できそうな一流企業に勤めている人がいたら中身がどれだけ悪人でも、信頼できそうな人という前提で接してしまう。

まぁ、それはきっと誰でも多かれ少なかれそうなんだけども、なんかそういう既成概念とか思い込みなしにだれともまずはフラットに接して、コミュニケーションを通してのみその人を理解していく(思い込みで理解しているような気になることなしに)ということがいつも誰とでもできたらいいな。

野生の動物は思い込みで物事や人を判断しないんだろうなぁとなんとなくそう思います。

見ているもの、聴いているもの、感じていること、考えていること
そういうものが音になってあらわれる。

だから普段の生活が大事。まじめなこともくだらないことも。

いざ演奏するときにどれだけ取り繕っても誤魔化しようがない。

世代とか

今の若い世代の感性や常識を形作るのは、何世代か前に若者だった人たちが作っている今の社会だったりする。
その人たちの考え方もまた前の世代から受け継いだものであったりして。

子供は大人を見て育つ。
大人が育っていなかったら子供は育たない。
しっかりしなくては。

Uncle Paul’s Jazz Closet

最近の移動中はだいたいこのUncle Paul’s Jazz Closetっていうポッドキャストを聞いてます。

http://jazzcloset.blogspot.jp/p/index.html

尊敬するドラマー、Paul Motian(1931-2011)の人生、音楽や作品を、彼の姪のCindy McGuirlが紹介しています。

作品の紹介の他にモチアンが生前つけていたノートの内容の紹介をしてくれるんだけど、それがすごく面白い。ドラムに関することや、音楽、もっと広く人として生きることに関してのメモなんかもある。お金の収支のメモまで。

自分の尊敬する人が自分と同じように悩んだり、試行錯誤していたということを知るのはなんだかとても勇気づけられるし、自分と同じような考え方をしていたりするとすごく嬉しかったりする。なんか思春期の中学生みたいだけど笑

Yourself is you.
You are not someone else.
No one does it for you, you do it to yourself.
You are responsible.
No one else!

-Paul Motian