Ryo Noritake

Ryo Noritake

便利になると問われるのはモラル

電車に乗っていると、ゲームをしたり、ずっとなにかネットで見てたりする人の割合が非常に高い。 そんな人がエネルギーや電力に関してなにか強い考えを持っていないことを願う。 ましてやデモなんかに参加していないことを願う。(自家発電してるなら別にいいけど) 自分がエネルギーを無駄遣いしておいてそんな大それたことを口にすることの矛盾に気付いていないのは本当におかしい。 便利になるとそれをきちんと享受できる人がいる一方で堕落する人もたくさんいる。 制限がある中での自由だからこそいろんなことを律して生活できる。というのが多くの人だと思う。 まったく時間もお金も法律も制限がない無条件の自由の中で人間は平和に目的を持って暮らせるのかというと疑問に思ってしまう。悲しい事だけれど。 今自分たちが消費しているもの全てに限りがないとしたら、それでも節約して無駄遣いしないで生活できますか? 再生可能エネルギーなんかがもっと一般化して供給可能なエネルギーに制限がないという社会が、今のままの社会で人々の意識が低い中で実現したらすごく怖いことになるなぁと思って考えてみました。 人生だってはじまりがあっておわりがあるからこそしっかり「生きねば」と思うわけで。

気持ちの不思議

たぶん世界は毎日それほど変わってないのに 自分の気持ちの持ちようで 見えるものも聞こえるものも感じることも180°変わる 本当に不思議 先日たまたま見た番組で、刀根里衣さんというイタリア在住の絵本を描いている方のドキュメンタリーを見た。 なんだかよくわからないけどすーっと心に染み渡って感動した。 できないことをポジティブな力に変えられる人は強い!