今の僕に足りないのは「子供のようにドラムを叩くライオンのように演奏すること」だって言われました。
要はもっとイマジネーションと攻撃的な面がいるってことです。
前の日記に書いたことと若干リンクしてると思います。
でもドラマーじゃないようにドラムを演奏するのって難しい。。。

Welcome to the website of drummer Ryo Noritake
今の僕に足りないのは「子供のようにドラムを叩くライオンのように演奏すること」だって言われました。
要はもっとイマジネーションと攻撃的な面がいるってことです。
前の日記に書いたことと若干リンクしてると思います。
でもドラマーじゃないようにドラムを演奏するのって難しい。。。
結局のところ、僕は前に進めてないのかも。。
そんな気になった、今日のレッスン。
手先のことじゃなくてもっと感情とかそういう部分を要求される。
認めてもらえてるからこそ、そういうこと言われるのがわかってるから少し嬉しいけど、それに答えれないのがすごく悔しい。
なんだろう、この壁はもうかれこれ数年間僕を苦しめてると思う。
最近なんだかすこしずつ解決できてた気がしてただけに今日はグサってきた。けど先生は正直にズバッと言ってくれるから本当にありがたい。
それと皮肉なのはレッスンの最後の方に段々マシになりかけたら今度はテンポが走ったり技術的なことがおろそかになってしまったこと。
いかに普段安全圏内で演奏してたかってことだよなぁ。。。
結局のところ日本で悩んでた課題にまた戻って来てしまったということです。
この前サブ(正規のドラマーの代わり)としてアンサンブルの授業受けてきた時に先生が、
結局ミュージシャンの仕事ってのは音楽が何を必要としてるかっていうことにいち早く気づいてそれを満たしてあげることなんだよ。
っていうようなことを言ってた。
ようは音楽はエゴであってはいけないと。
僕はまだエゴで音楽してるなぁ。と思った。
音楽が何を必要としてるのか、もっと耳を傾けないとダメだなぁと思った。
でも先生は、最終的なその段階に行く”過程”としてエゴで音楽をするっていうのは必要だと言ってた。
うん、それはまちがいない。
もちろんそこで留まってはいけないけど。
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ずっと前にドラマーのVinnie Colaiutaがドラムマガジンのインタビューで、「神の意志を感じることができれば情熱とかそういったものを超越できる」っていうようなことを言ってたけどこれはある意味、この先生の言ってることと同じだなぁ。
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全ては音楽の為に。
今日はジャズインプロの授業にサックスのGreg Osbyがきました!
少し演奏してくれたけど、かっこよかった~
タイムがいいなぁと思いました。
僕の大好きなドラマー、Jack DeJohnetteとも何枚かアルバム出したりしてる人が目の前にいる~ってだけでなんだかドキドキしました。
なんだか最近すこしづつ自分が動き出した様な気がして、とてもハッピーな訳です。
実際には前か、後ろか、どの方向に動いてるのかはわからないけど、今進んでる方向が前であると信じて今は進んでいこうと思います。
10年後、20年後に「いやぁ~あのとき決断してよかった!」って言えるように。
特に書くことはないんだけど~
寒い。。。最近めっきり寒い。
外出るのが億劫になるわぁ。
最近、将来のことをよく考える。
どうなるんだろう?
というか
どうしたいんだろう?
ある程度の答えは見つかるけど。
ただひたすら不安になる。
こういうこと考えだすと、ほんっとどうでもいいようなことまで頭の中に溢れ出して、負の相乗効果みたいにどんどん落ちてくんだけど。。。
今やってることがここ数年間ずっと目標にしてたことだから、ある意味もう話が完結しちゃってる部分がある。
「完」
みたいな。
でもそれじゃいけないな。
「第一章 完 次章へ続く」
にしなくちゃ。いや第二章かな。
いってみればいまは間奏みたいなもんなのかな。
でも早く次にいくところを見つけないと。
長過ぎる間奏はだるいだけだもんなぁ。
と、たまには消極的になってみました。