テレビ

最近は時間があるときにテレビを観るようになりました。
アメリカにいるときはテレビを持ってなかったので全く観なかったのですが、観てみるとくだらないけど面白くて観ちゃう番組とか、うまいこと作ってるなぁと思うものがいろいろあります。テレ東の出演者にお金をかけてない番組が個人的に好きです。笑

その中で録画している観ている番組がNHKの奇跡のレッスンという番組です。
去年、たまたまツアー先のホテルで部屋に戻ってからテレビをつけたらやっていた番組で、毎回優れたコーチを海外から召喚して日本の(大体東京の)どこかの小中学校の部活に所属する子供を一週間指導するという内容です。分野は様々でバスケ、卓球、ハンドボール、野球、合唱、ストリートダンスなどなど。

毎回、コーチの教育者としての素晴らしい考え方や姿勢、子供達への接し方がすごく勉強になります。
海外のコーチだから素晴らしいというわけではないですが、一般的に教育に対するアプローチが日本と海外では大きく違うということがはっきりとわかります。(学校の部活だからというのもあるかもしれませんが。)

まず子供たちの主体性を重んじるということ。
学ぶ側にうまく刺激を与えて、参加する意欲、想像力を掻き立てて自ら参加し、上達しようとさせる。
それによってだんだん個性と呼ばれるようなものが子供達の中に出てきます。
そいういうのがどのコーチもとてもうまい。

それからコミュニケーションが一方通行でないということ。
教える側の言葉が絶対で、教える側が上、教えられる側が下、という関係性がない。
コーチは俯瞰しているんだけど、子供達と同じ目線で意見を交換する。
これってすごく大事なことじゃないですか??

そして、グループワークでお互いの個性を認め合い、一体感を高めるということ。
グループで一つの目標に向かって、それぞれに出てきた個性を認め合い受け入れ、ときにはぶつけ合う。
そういうことの積み重ねで、自分と違うものを受け入れる、という一般的に日本の社会に足りていない寛容さみたいなものを得ることができると思います。違うからと諦めるんじゃなく、受け入れるんです。これができる人が本当に少ない気がします。

もちろん、編集やなんかでドラマチックに作ってあったりするんでしょうけど、勉強になる部分は本当にたくさんあります。
アメリカ人のコーチとヨーロッパから来たコーチの教え方の違いもなかな面白いです。
希望としては日本人の素晴らしいコーチにも登場してほしいということくらいかな。
ぜひオススメです!

数年前にこの番組を知れてたらよかったなぁと観るたびに思います。
教える事の責任の重さを常に忘れないように。

drum wisdom

今までに何回か読んでるんだけど、最近また改めてBob MosesのDrum Wisdomという本を読んでいた。
半分教則本のような感じなんだけど、エクササイズは書いてなくてコンセプトとか彼の考え方が書いてある本。

日々に追われてしまうと演奏は粗くなるし、中身にもその場しのぎの嘘がでてしまうときがある気がする。
時間に余裕のあった10月を有意義に過ごすためにも、残り二ヶ月を忙しく駆け抜けるためにも良いタイミングでの再訪でした。

この本にも書いてあるけど、人は制限があるからこそ自由を感じられるし、創造的にもなれる生き物のようだ。とっちらかっちゃうとただのぐちゃぐちゃ。勢いでバーンってやっておしまい。

Roy Haynesの音の配置がおしゃれ。

明日から後半戦

この間の火曜日から続いている小田村愁くんのトリオ、明日からツアー後半戦です。各地で演奏して、移動も共にして、演奏の内容もよりよくなってきて明日からがまた楽しみです。
彼の作曲、そして演奏も素晴らしいです。
京都、大阪のみなさまぜひライブ会場でお会いしましょう!
(予定はこちら)

それにしても音楽の評価は本当に人それぞれだなぁと感じる今日この頃。
なんだかんだそれらしいことを言葉にして批評しても、結局は主観的なもの。(そういったものを否定している訳ではないのです。) 
同じ演奏を同じ場所で同じ時に聴いても、良いという人もいれば悪いという人もいる。同じ人が同じ演奏を違う日に聴いたら、その日の気分やその日あったできごとで良いと思う日とそうでもないと思う日もある。

それで良いと思う。

そもそも聴く人が、評価は主観的なものだということを理解していないと、知名度とか、メディアへの露出度とかそういうことで判断してしまうのだけど。(日本に限らず、ものごとの評価を他人の感覚に任せる体質は改善しないといけない。)

絶対的な物差しがないから難しくて、そこが面白くもある、という。
音楽、芸術に限らず世の中そんなもんなのかな。
でも普遍的な何かはあると、個人的には信じています。

それに近づくために演奏する側として気をつけていることは、演奏している時に共演者をジャッジしないこと。それがどんなに音楽家としての大先輩でも、まだ楽器を始めたばかりの人でも変わらず対等に。
それから人の演奏をコントロールしようとしないこと。

普段だとなかなか時間がないのでツアー中にいろいろとメンバーと話し合えるのはとても有意義です。

ということで後半戦もよろしくおねがいします!!

different philosophies

最近また読書熱が高まりだし、いろいろと本を読んでいる。
といっても最近は小説ではなくて、いろんな人がどう生きたかとか、どう考えたか、なんてことを書いた本が多い。でも成功哲学とかなんとかの習慣とかそんなんじゃないです笑
そして最近気付いたのは何冊かの本を同時進行で読む癖があるということ。

最近面白かったのはパブロカザルスに習ったビビアン・マッキーさんというチェリストの対話集。
カザルスの教えとアレクサンダーテクニークを繋げていろいろを話しているのがとても興味深かったし、自分と楽器、自分と音楽との距離感を今一度見つめ返すよいきっかけになった。

それからいま読んでいるのはMartin Bradfieldという人の書いた”Drumming: The Forest and the Trees”という本。教則本ではなくてドラムというか音楽に対しての、この人の考え方が西洋哲学的な目線から書かれている。本の中にも書かれているけど、欧米でも先生たちは禅とかインドとかの東洋的な思想を持ち出して話してくれることが多く、(日本人である自分自身はそれで理解できるんだけど、)果たしてそれってどんなんだろう?という疑問が著者にはあったらしい。
アメリカで生まれたジャズをアメリカ人が理解するのに、なぜわざわざ違う価値基準の中で産まれた東洋の思想、哲学を用いて理解しようとするのか?っていう疑問。もっともな意見だと思った。

自分のものを自分で考える時になぜ自分の物差しを使わないんだ?という。

例えば昔、アフリカのある地域の音楽を西洋の学者が研究しようとした時に、西洋の音楽や生き方の価値観で分析、研究してしまっては、その音楽の本来の意味を理解できない、ということがあったのと同じなのかな。同じと言うかその逆というか。

そして当たり前だけど、これは違う文化圏で産まれたもの同士が接触するときにだけ起こることじゃなくって、同じ国の中でも、同じ職場の中でも、同じ家の中でも起こりうる、というか日常的に起きていることなんだなと。
他者を評価するのに、自分の価値基準でのみ評価するのか、その人の価値基準を理解したうえで評価するのか。けっこう大きな違いになってくる。それに、気持ちも楽になる。

と、言うのは簡単なんだけどね。