金のブラシ、銀のブラシ

リーガルチップのナイロンブラシ。
右が15年くらい前に初めてブラシというものを買うときに購入したもの。
左が最近新しく購入し直したもの。

15年使うと銀が金になりました。ブラシの長さも微妙に短くなってるんだけど使ってて短くなったわけではないと思う。。さすがに。

hukaku

人間の結びつきは、行為の中に自分のすべてを没くした時にだけ可能なのだ。その時、世界は大きく拡がって、自分と他とは区別できないものになる

武満さんがこう書いていたのを最近知った。たぶん数十年前に書いているんだろう。

この何年間か、ずっとこの境地にたどり着きたいと思っているのです。

揺蕩う

来月の前半は山下真理さんのTayu Touで中部、関西方面に行きます。レコーディングも控えています!

気づくと明日から7月。2017年上半期終了。。。
はやい!

皆様のおかげで今年も盛りだくさんな夏になりそうです。

人と同じかどうか

一般的に人は他人と同じことをしたがるといわれる。
だいたいみんな流行りのモノを持ったり、流行りの音楽を聴いたり、みんなが美味しいというものを食べたり。

芸術家にはひとと同じが嫌いという人が多い。(芸術家に限らないと思うけども。。)
人の意見に対してまず否定から入る人にもたまに遭遇する。
それはパンクで別にいいんだけど。

でもよく考えたら、ひとと同じが良いというのも、ひとと同じが嫌というのも、どちらも同じくらいすごく幼い考えだと思う。
基準が他人になってる時点でそもそも違う。
僕は人と同じでも、違ってもどちらでもよい。というか、そんなことどうでもよい。

自分が好きなことや、かっこいいと思うものが結果的に他人と一緒なら別にいいし、逆に人と違ってもよい。というか違って当然だし。

人と違うことを、人とは違う意見を、人がやっていないことを、社会の一般常識とは違うことを、、
そういうのって「体制ありきの反体制」的な、なんの理想もないイデオロギーに似たものを感じるし、手段と目的が入れ替わってしまっている状態そのものだと思う。

大事なのは自分がどう思うか。

だから自分と向き合う時間がとても大切。